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間質性肺炎(治療4ヶ月目)

父は、もう何年も前から、もう骨と皮のような状態でやせ細り、悪くなる一方でした。それまでは、肺気腫と聞いていたのですが、私が間質性肺炎と知ったのは、今年の正月頃でした。
父は、今年82歳になります。歩くのがやっとの状態で、主治医からは、「ホスピスに行くしかありません」と、見捨てられた状態でした。私は、横になっている父の姿を見て、「もう命がなくなる」と思いました。
間質性肺炎が難病であることが分かり、このままどうすることもできず、何の手立てもないのかと思うと、涙が溢れ、悲嘆に暮れました。そんなときです。インターネットで劉先生のホームページを見つけました。間質性肺炎の専門医で、日本語が堪能と分かると、ここにお願いするしかないと思いました。
すがる思いでメールを出し、肺のレントゲン写真を送りました。先生から直接、国際電話を頂き、今年2月頃から漢方薬を処方して頂くようになりました。
半信半疑でしたが、毎日、飲むようになると父は、「歩けるようになるかも知れない。随分と良い先生だ」と申しました。周囲も驚き、私は、父と離れて暮らしているのですが、少しずつ希望を見出すことができました。
3ヶ月ほど経過した頃、間質性肺炎は、血液検査の結果、KL‐6の数値が500に近くなり、進行が止まり始めました。それは、私の目から見ると、見違えるような姿でした。
 父の年齢では、他の病気をいろいろ併発してもおかしくありません。頻尿や貧血、足のむくみ、心臓の動悸など、いつのまにか間質性肺炎以外の症状まで、劉先生に相談するようになりました。それらは、少しずつ改善しています。
ただ、折悪しく母が1ヶ月ほど前に亡くなり、父は精神的にショックを受け、物忘れなどするようになりました。室内をゆっくり歩く程度です。しかし、それでも先生の漢方薬が無かったら、今頃、どうなっていたかと思います。
間質性肺炎が、日本では手のつけられない病気であり、西洋医学では、どうにもならないことを思い知らされました。どれほど感謝しているかしれません。
劉先生は、本当に誠実でご親切な方です。遠い国から、優しい手を差し伸べてくださいました。それが、よく分かります。

東京都 男性 80代前半

劉より
順調に数値が改善されていることや娘さんからの症状改善のメールをうれしく拝見しています。先日、奥様を亡くされて心配しておりましたが、温かいご家族に支えられておられるので元気に長生きして頂きたいと思っています。
日本サイドの主治医からは、詳しい診療情報提供書などのご協力を頂き、たいへんスムーズに治療を始めることが出来ました。